東京高等裁判所 昭和40年(ネ)561号 判決 1967年5月30日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
控訴代理人は次のとおり述べた。
一、被控訴人は精神病患者看護人として、医師の指示に従い直接精神病患者と接し、その治療および生活指導にあたる立場にあつたのであるが、精神病患者特有の純原始本能的欲求に基づく病的行動に同調して病院に対する要求行動抗議行動(患者の食事改善、外泊問題に関する抗議)を採り、しかも被控訴人は組合には独断で行つていた。このような被控訴人の行動は、その偏狭な独善的性格に基づくもので、病院の看護体制の協調維持に大きな障害となつていた。従つて、これを理由とした本件解雇は有効である。
二、被控訴人は、本件第一審判決言渡後である昭和四〇年三月三〇日頃「常務理事(理事長夫人)がかつて朝鮮戦争にアメリカ高級将校オンリーとして勇気づけ役をやつた」旨全く虚偽の事実を記載した「向川富雄氏を守る会」名義のビラ多数を病院従業員に配布し、病院および理事長夫妻の名誉を著しく毀損した。被控訴人の右行為は、控訴人との間の信頼関係を破壊しようとするものであり、復職を求めようとする者にあるまじき遺憾な所為であつて、被控訴人の非協調的性格、傾向は右事実によつても明らかで、就業規則第一三条第一号「やむを得ない業務上の都合によるとき」に該当するから、控訴人は本訴(昭和四〇年九月七日午前一〇時の口頭弁論期日)において被控訴人に対し予備的に解雇する旨の意思表示をした。
被控訴代理人は次のとおり述べた。
一、控訴人の右一および二の主張事実はいずれも否認する。
二、被控訴人は第一審判決言渡後に控訴人に対して被控訴人から労務の提供を受け、賃金の支払をするように勧告したけれども、控訴人はこれに応ずることなく、被控訴人の復職を受け入れる態度を採つていない。しかるに、被控訴人は復職を求める者にあるまじき行動を採つたとして被控訴人に対し予備的解雇を主張するのであつて、自らの非を省みないで他を非難するものである。また、被控訴人主張のような事実は被控訴人と控訴人との間の労働契約関係になんの関係もないことで、これを解雇の理由とすることは許されない。
証拠(省略)
理由
当裁判所は本件に顕われた当事者双方の主張および証拠を仔細に検討した結果、被控訴人の請求を理由があるものと認めるものであつて、その理由は、左記のとおり附加訂正するほか、原判決がその理由中で説示しているところと同一であるから、これを引用する。
一、本件解雇に先き立ち昭和三八年夏頃小川婦長が被控訴人方を訪れ被控訴人の妻に対して、被控訴人が千葉県の総武病院に転職するよう勧告したのは、控訴人の代表者である桜井理事らの意を受けてなされたものであること、右転職勧告の際被控訴人が組合活動をすることを転職勧告の理由の一つとして小川婦長から述べられたこと、以上の各事実関係の認定の資料として原判決の挙示する証拠のほかに当審証人向川美代子の証言を附け加える。
二、当審で控訴人が新たに提出した成立に争いない乙第一号証は、引用にかかる原判決の事実認定を左右するには足りない。
三、控訴人が当審において新たに主張する事実摘示の一の点について判断するに、原審証人奥田裕洪の証言および原審における控訴人代表者桜井源吾本人の供述中には、控訴人の主張に添う趣旨の部分があるけれども、原審証人伊藤みづえ、同小高義夫の各証言および原審における被控訴本人尋問の結果に照してたやすく信用できないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
四、控訴人の予備的解雇の主張について検討する。成立に争いのない乙第一号証によれば、昭和四〇年三月三〇日附で「生田病院労働組合のみなさん」と題し「向川富雄氏を守る会」の名義で印刷物が作成せられ、生田病院(控訴人)労働組合の組合員らに配布されたこと、右印刷物の中に控訴人主張のような控訴人の常務理事(理事長の後妻)の私事にわたる記載がなされていることが認められるけれども、右印刷物が被控訴人自身によって又は被控訴人の関与の下に作成されかつ配布されたものであると断定するに足りる証拠はない。のみならず、右印刷物を仔細に検討すれば、その記載内容は本件訴訟は第一審において被控訴人の全面的勝訴となつたことを報告するとともに労働組合強化の必要性を強調するものであり、常務理事の私事に関する事項は単に附随的に記載されているにすぎないものであることが明らかである。従つて、右文書の作成配付を被控訴人が知つてこれを阻止しなかつたとしても、右所為は、本件が控訴審に係属中になされたもので訴訟関係人が相当感情的になつていたことにも基因するものである(右事実は本件訴訟の性質ならびに経過に照して容易に推認できるところである)点を参酌すると、決して好ましいものではないにせよ、控訴人と被控訴人間の信頼関係を破壊するもので、復職を求めようとする者にあるまじき所為であるとして被控訴人が独善的、非協調的な性格傾向を有すると非難するにはいまだ足らないといわざるをえない。従つて、控訴人の主張する就業規則第一三条所定の解雇事由があるものと認めることはできないので、控訴人の予備的解雇の主張も採用しえない。
よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法三八四条一項を適用してこれを棄却することとし、控訴費用の負担について同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。